テント泊の御池岳〜鈴北岳


  ●場 所 三重県藤原町・滋賀県東近江市
  ●標高 御池岳1247m 鈴北岳1182m
  ●山行日 1994年3月19日(土)〜3月20日(日)
  ●コース 西藤原駅〜坂本谷登山口〜白瀬峠〜真ノ谷〜御池岳〜鈴北岳〜真ノ谷〜白瀬峠〜坂本谷登山口〜西藤原駅
  ●多治見から登山口まで JR多治見駅ーJR名古屋駅ー近鉄富田駅ー三岐鉄道西藤原駅
 
※ ー鉄道 =自動車 ・・・徒歩 ⇒バス
  ●参加者 林、丹羽、中村
  ●コースタイム 1日目 3/19
西藤原
坂本谷登山口
水場
白瀬峠
真ノ谷テント場

2日目 3/20
起床
御池岳頂上
下の分岐
鈴北岳
引き返し
テント場
白瀬峠
坂本谷登山口
1日目 3/19
9:10発
9:35〜9:50
13:15〜13:20
13:45〜13:50
14:30着

2日目 3/20
5:00
8:30〜8:35
8:50
9:35〜9:40
10:30
12:00〜12:30
13:15〜13:20
15:05着
周辺地図はこちら    
  


1日目 晴

いつもの電車で、西藤原へ。

大雪の1か月前に比べると、やはり少ない。
しかし、3月でもまだある。

荷物が多いので、30分ごとに休むことにする。

1か月前、登山道が通れなくて川づたいに行ったのはこの辺かな?
谷道が通れなくて山へ上ったのはこの辺だったな?
この辺りで中村さんがはまりこんだな。
この辺りでテントを張ったのかな?
・・・と思い出しながら峠に着

後は下るだけと思いながら真ノ谷のテント場を目指す。

谷筋とあって雪の多いこと!
優に1mはある。

  

  

早速、雪を踏み固め地ならし。

前回とは違って、平らなところなのですぐ 整地が終わる

林さんの新しい緑色のテントもすぐに張れた。

電車の中で、割り箸で作っ たペグを使う。

ピッケルで掘っても掘っても地面は出てこない

水は、テントのすぐ傍を、音を立てて流れているので、雪を溶かす手間も いらない。

外での夕食もいいが、日が陰ると急速に寒くなってくるので、
テントの中 で作る。

恒例のしゃぶしゃぶ。

林さんは我が家と同じにぐっすり眠れたとか。
2−3人用でゆとりもある。


2日目 曇り 4℃

朝は、雑煮。

まず、御池を目指す

深い雪の中、先発の足跡を辿る。

今、山は、我々だけ
12月に行き着けなかったコグルミ谷からの道も、今はルートがしっかりついている。

御池への登りは予想外に長く、あれっ?こんな筈では…と思うほど。

頂上付近で人の声
テント3張り程。

「おはよ−ございま−す。」と挨拶を交わすと、なんと大阪の労山!

  

  

1か月前の大雪でやはり撤退したその雪辱戦とか。
我々と同じ。

霊仙での話題も出て、「突き進んでいくとああなるんだよね−」との言。

頂上は、雪のため嵩が上がり
何時もなら樹木が邪魔して展望が利かな いのに、今日はばっちり見える。

まだ先があるので、早々に下山。

大阪労山は、大君ガ畑から鈴北経由で登ってきたとか。

我々が、また元の谷へ降りると言うのを聞いて
「ラッセルしてあるから」と勧めてくれるが、「計画書通りに行きます」と断る。

河井さんの知り合いとかで、「よろしく」と名刺を貰ってしまった。

下山は、大好き。

ザックザックと誰も踏んでいない真っ白な雪の上を縦横無尽に踏みにじり
あっというまに分岐に着。

我々は、左へ。

大阪労山は右のはずを、「尾根へ登って尾根づたいに行こ う」と、
登山道なんて意に介せず、真正面の斜面をずかずか
アイゼンを利かせてあっというまに見えなくなってしまった。

鈴北への踏み跡は、大きな広場で右上へと続いている。

しかし、前回の記憶と地図上から、谷をずうーつと詰め、
そこから左に
入っていけばいいはずなので、
まだ誰も踏んでいない真っ白い雪の上を進んでいくと
(この方が、短距離で行ける。帰りは我々の足跡を見失い、
尾根づたいに道をとってしまい長くなった)、
右からの尾根道の踏み跡と合流した。

無雪期なら、笹原をぐるっと回り込んでからやっと頂上に着くのだが
この時期なら、どこでも歩け、どこでも通れるので快適そのもの。
そのうえ、雪が締まっていてずぼっとはまり込まないので
楽々と歩けてしまう。

そして、 こんなに早く?というほど早くに鈴北着

こんなに歩きやすいのならと、鈴ガ岳をめざす

しかし、どんどん下り、これでは大君ガ畑へ出てしまうのでは?とも思い、
下り切ったところから独立峰がこんもりと見えた。

「もしかして?あれかも」と思うが、余りの下りに恐れを成し、
きびすを返すことにする。

反射板があるらしいが何処を見てもそれらしきものはなし。

鈴北まで戻り、方向を変えて一度下り、
また登って鈴ガ岳を探すけれど見付からず。

諦めてテント場へ戻ることにした。
(後で調べたら、こんもりの独立峰が鈴ガ岳だった)

テントを撤収し、鱒・ビールで今回の山行を締めた。     

  

  トップページへ戻る

  「山行記録1991年〜1995年」に戻る